患者様の声

顔も歯も舌も若返り「歯並びは見られている」(27歳女性)

私は、幼いころから歯並びが悪く、幼少期に一度矯正をしました。

矯正後はきれいになりましたが、あごの成長につれて再び歯並びが悪くなりました。

その時は、すでに成人してしまったので、再度矯正するのはあきらめていました。

しかし、矯正を始めるきっかけは、人と話すときに感じる目線でした。

「人と話すときは、その人の目を見て話をしなさい。」これは、誰でも言われたことがあると思います。

人は話すときに必ず相手の目を見ますが、次に目がいくのは口元だと思います。私は、相手の目線が口元にいくと、「歯並びを見られてるのでは・・・」と毎回思っていました。

そんなとき「歯科矯正するなら、吉本先生がいいよ。」との話から、診察を受けました。

私の場合、根本的に「舌の使い方」に問題があることを指摘され、矯正と並行して舌のトレーニングの指導を受けました。

今まで気がつかなかった、口の中での舌の位置や、物を飲み込む時の舌の位置等、さまざまなトレーニングを毎回行っていくなかで「いくら矯正しても、まちがった舌の使い方をしていたら、また歯並びは悪くなるんだ。」と、気づかせていただきました。

矯正装置を付けている間は、多少食事がしにくく、常に歯磨きをしないと「装置に物がつまっているのでは・・・」と、不安になることもありましたが、その分、虫歯予防やダイエットにはつながったのではないでしょうか(笑)

治療後、装置がきつかったり、歯茎にあたって痛くなったりしても、非常勤の医師が診察するのと違い、吉本先生自身が装置を扱えるので、すぐに診察してもらえるのも利点でした。

また、定期的にレントゲンや、他方向から顔写真を撮ってもらい、治療の経過を知ることができたのも良かったです。

矯正装置をはずして最後の写真を撮り、治療前と見比べると自分でもびっくりするほど、顔が変わっていました。

吉本先生に「10才くらい若返ったね(笑)」と、言われるほど別人になっていました。

また、矯正治療を進めていく中で、昔、他歯科医院で虫歯の治療した個所が、突然激痛とともに膿はじめ、顔が腫れてしまったことがありました。

予約外でしたが、すぐに治療をしていただき、虫歯の治療と並行して矯正を行うことができました。

矯正専門で診療している歯科医院は、虫歯の治療は行ってない場合もあり、矯正以外は別の歯科医院に通わなくてはならない場合もあるそうなので、全ての治療ができる吉本歯科医院は大変助かりました。

歯科矯正は、今まであった場所から歯を強制的に動かすわけですから、動かすのにかかった年数分、経過観察は必要になると思うので、かなり根気がいる治療だとは思いますが、容姿的にも身体的にも損はない治療だと思います。

10才の娘も、今矯正をしています。

私と同様に、舌のトレーニングをしながら装置をつけています。

ただ幼少期の私と違って、しっかり舌のトレーニングをしているので、成人して再矯正はしなくてすむのでは・・・と、安心しています。

娘にも根気よく治療できるよう、経験者として応援していきたいと思います。

平成22年2月 内田

矯正治療前後

矯正治療前後の口腔内写真

顎関節症の女性(40歳代高橋さま)よりのお手紙

私と吉本先生との出逢いは、2004年の第一子出産後の母親教室でした。

その時に、昨今、忙しい診療の合間を縫って無料で母親教室を定期的に開催している良心的な歯科医師がいること自体に何となく驚いたのを今でも覚えています。

その時は、幼児の歯の発達、顎の仕組みなどスライドや症例写真を使ってわかりやすい説明がありました。
自分の子供のためと思い真剣に話しを聞き、その場はそれで帰宅したのですが、まさかその後、自分が吉本先生のもとで歯科矯正でお世話になるとは予想もしませんでした。

その後、私自身、毎晩のように歯の喰いしばりで目が覚めるようになり、どうも初めての子育てでストレスでも貯まっているのだろうと勝手に思い込み2~3年放っておいたのです。しかし、歯の喰いしばりは歯ぐきの腫れを起こし、また歯も少しずつ移動しているようで、噛み合わせで日々悩むようになりました。

そのあいだ3つほど歯医者を転々としたのですが、噛み合わせを微調整するために健康な歯を少しずつ削る治療で結局はその場しのぎのものでした。

そんなある時、突然、顎が開かなくなってしまったのです。
生まれつき一本だけ下の歯が欠損していて隙があったのですが、度重なる喰いしばりや、その場しのぎの治療の繰り返しでは解決されることなく、徐々に歯が欠損の歯の隙こ向かって移動し、顎の骨にまで影響を及ぼしていた結果、顎が開かなくなってしまったのでした。

これは顎関節症に違いないとネットで調べて自分で判断しました。
と同時に、以前母親教室で吉本先生がおっしやつていた”ある言葉”が脳裏に浮かび、予約も取らず駆け込んだのでした。

その言葉とは、「どこの歯医者でも治らない歯並びや顎の悩みは私が必ず何とかします。」という自信に満ちた言葉でした。

顎関節症の治療に通う私に先生は歯科矯正を勧めました。なぜなのか。最初は正直戸惑いました。

当時、便秘、頭痛、腰痛、不眠などにも悩んでいて、時々整体などで骨盤などの矯正はしていたものの、時間がたつとまた痛みが出ての繰り返しでした。

歯並びの悪さ、顎の骨の歪みがそういった全身の疾患に結び付いているという説明を受け、なるほど、と全てが思い当たったのでした。
そして、歯科矯正を始めることになったのです。

矯正を始めて約1年3か月になろうとしています。まだまだ途中の段階です。

今では顎関節症もすっかり治り、口が大きく開くようになりました。
お陰で、大好きなお寿司も食べられるようになりました。

また、矯正を始める前までは右側半分は噛み合わせがひどく、食事の時には左側半分の歯だけを使って食べていたのですが、つい先日から右側半分の歯でもしつかりと物が噛めるようになったのです。

つまり、当たり前のことですが、普通に全ての歯を使って食事が可能になったわけです。
このことは、今まで食事の際に右側半分の歯をほとんど使えなかつた私にとっては”大きな喜び”に他なりませんでした。

感動と言えば大げさですが、それに近いものがありました。

そして、頭痛、腰痛、便秘、不眠、喰いしばりなどに悩まされることも少なくなり、これは歯や顎が本来の正常な位置になりつつある兆候だと日々実感しています。

歯並びや顎の骨を含め、全身の歪みを正すことの大切さを身を持って体感している最中です。

これは余談ですが、若き日に私自身が務めていた会社のパンフレットの表紙になったことがありました。

当時お世話になっていた都内のある有名な歯科医の先生にパンフレットを差し上げたところ、「ほんの少しだけど顔がゆがんでいるんだよね。」と言われたことがありました。
それまでは気付きませんでしたが、確かに言われてみたらそうなんです。
それ以降も鏡に映る顔や写真を見てはそう思うようになりました。

今回、顎関節症をきっかけに思い切って矯正を始めて、以前指摘された”顔の歪み”にも少しずつ変化が生まれてきたように思い女性としては嬉しいことです。

もう42歳間近の女性ですが、これからも綺麗で健康的な生活を営むために、きちんと歯並びを整える”勇気”と機会を与えて下さった吉本先生に改めて感謝いたします。

2009年7月 高橋 あつ子

矯正治療前後

非抜歯矯正治療の患者さん(20代女性みゆき様)からのお手紙

私は小学生の頃、母親に連れられて吉本歯科医院を受診しました。

何かと開院当初から先生にはとてもお世話になっている私ですが、吉本歯科医院の最初の印象は
「バナナの匂いのする麻酔をしてくれて、歯を抜く時に痛くない」でした。

小学生だった私は、乳歯から永久歯に生え変わるのが遅く、吉本先生の歯医者に行く前に乳歯を抜いてもらっていた歯医者さんはいつも抜く前に、麻酔の注射をしてくれていたのですが、乳歯を抜くより何よりその麻酔の注射が痛くて怖かったのを覚えています。

でも、吉本歯科医院に乳歯を抜いてもらった時、バナナの香りのする何かを塗られただけで、あっという間に歯が抜けていたんです。
とても緊張していましたが、あまりにもあっけなく終わったので鏡で本当に抜けたのか確認までしていました。

今はそのバナナの香りの正体が表面麻酔薬だったとわかるのですが、私は凄く印象的だったんです。

それから、母親に歯列矯正をすすめられ、見た目や当時あまり周りに矯正をしている友達がいない事、いても笑うと銀色の金具が見えて恥ずかしそう・・・といった良くない考えばかりしか浮かんでこず、本当に嫌々中学生になる少し前に、スタートしました。

そんな私に母親は
「女の子だし、絶対に歯並びは良い方がいいんだから。歯も磨き易くなって虫歯も出来づらくなるよ」
といつも説得の言葉をかけました。

今だからぶっちゃけますが、本当に矯正は嫌だったんです・・。
でも、もう言いなりでしたね。完全に・・。
私はひどい生え方の八重歯もあるし、矯正したら歯を抜かなきゃならないとか、見た目も気になるし・・・
良い事なんてないじゃないか。
そう思っていつも母親にあたっていました。

先々どう進んでいくのかもわからず、毎回母親に言われて渋々受診しました。

いよいよ、前歯に矯正の器具をつける時・・・・
行く前から憂鬱でした。

でも、人から見えやすい上の前歯には銀色じゃない、白い器具をつけてくれたんです。
その頃ちょうど思春期で周りの目もやっぱり気になるし・・・
どうしよう・・・・そう悩んでいたので矯正している事はバレても見えづらいようにしてくださった事、とても感謝しています。

でも器具をつけた後、調節してもらいに受診した後1週間は痛くて痛くてご飯がまともに食べられませんでした。

当初、2・3年で終了だったはずの矯正でしたが、気づくと高校卒業していましたね・・・・

でも私が悪いのは自覚しています。
痛くなるのが嫌できちんと通わなかったからです。

結局トータルで7年はかかってしまいました。

ただ自分が痛さから逃げていた結果です。
もう器具を外して今年で6年程になりますが、外した時の違和感はこれも忘れられません。

舌で歯がなぞれるんです!!
ツルツルしてたんです!!

今まであった物がなくなってこれほど嬉しかった事は今も尚ないですね。
そして何と言っても、今まで人前で歯を見せて笑うのが嫌だったので
「これからは好きなだけ、歯を見せて笑えるんだ」
となぜか優越感にかられました。

歯もとっても磨きやすくなったし、友達や初対面の人からも
「歯並びキレイだね」
度々言ってもらえるようになり、今じゃあの時の痛みも歯磨きの面倒さも忘れています。

矯正を嫌々ながらもさせてくれた両親には感謝しています。
私が恐怖だった歯を抜かれてしまう怖さも経験せずに、ここまで不真面目だった私でもキレイな歯並びにしてくださった
先生にとても感謝しています。

小学生からの印象はどうも消えないので先生には申し訳ないのですが
一見怖そう(小学生から見た歯医者さんの先生は皆怖いイメージですかね。)
に見えた先生ですが本当は面白くてとても良い先生なんですね。

今も時々受診していますが先生にも歯並びを見て
「我ながら良い歯並びだね~」と言っていただけたりして、なぜか照れる自分がいたりします。

せっかくキレイな歯並びにしてくださったのに毎回大きな虫歯を作っては受診して・・
申し訳なく思います。

虫歯にならないよう気をつけて一生この歯を大切にしていきたいと思っています。
私は将来子供ができても必ず先生にお願いしに受診するつもりでいますので・・・・。

これからも何かとお世話になりますが宜しくお願いします。

平成21年7月

みゆき(25才)

矯正治療前後

顎関節症の女性(40歳代)よりのお手紙

顎関節症で悩んでいる人へ

私も二年半ぐらい前に突然口が開かなくなり痛くて、小さなチョコボールを噛むこともできなくなってしまいました。

近所の歯医者に行ったら「顔がゆがんでいます・明らかに顎関節症の顔をしています」と言われてしまいました。

その歯医者での治療は

○マウスピースを入れて寝る

ということで半年ぐらい通院しましたがよくなる気配が全くありません。

しかし治療法に変化はありませんでした。

心配になりインターネットで「吉本歯科医院」を知り、思い切って診察に行きました。

まず驚いたのは、先生は口の中に手を入れて「これが正常な顎の位置」ですと顎をずらしたのです。本当にびっくりしました。

「吉本歯科医院」での治療は

  1. マウスピースを入れて寝る
    (※以前の歯医者で作ったマウスピースは上下逆でした)
  2. 一年半の治療期間で、口の中に上下にワイヤーを入れて顎と歯の矯正
    私の場合はマウスピースだけでは治らない重症患者だったようです。
    その治療もあと半年ぐらいで終わる予定です。

口が開かなくなってから、徐々に痛みを増していた首の痛みが今では自然に少なくなりました。

また今までくしゃみやせきをしても顎に違和感や痛みがあったのもなくなりました。

指二本はいるのが精いっぱいだった口ですが今はハンバーガーも気にせず食べられます。

あのまま歯医者を変えなかったらと思うと・・・とても怖くなります。

私もまだ治療中ですが同じ「顎関節症」で困っている人に少しでもお役にたてれば幸いです。

乱文にて失礼しました。

H21.8

頭痛も改善の女性(36歳)よりのお手紙(娘 8歳)

私は、歯並びが悪く頻繁に頭痛があり、娘(当時8歳)の矯正がきっかけで、36歳にして矯正を始めました。決め手のポイントは「抜かない矯正」と「吉本先生の評判の良さ」でした。

矯正装置を付けると、もちろん時々痛みはありましたが、覚悟していた程つらいものではなく、また数ヵ月後には頭痛が減ってきていることに気がついて、少しずつ歯並びが変わっていくことに、驚いたりワクワクしたりしていました。

この年齢で今更・・・と正直すごく抵抗を感じながら始めた矯正も、終了に近づいてきています。今では、噛み合わせからくると思われる頭痛は殆どなくなりました。

確かに矯正は費用も時間もかかり、特に成人になるとなかなか始められないものですが、「今更・・・」ということは決してないと思います。

やはり抜歯せず自分の歯の並び・かみ合わせを良くして、見た目の問題だけでなく身体全体を健康に保てるようにすることは、とても重要なのです。

私にとって36歳の矯正は非常に思い切った決断でしたが、やって良かったと心の底から思っています。娘と一緒に励まし合いながら矯正してきたことも良い思い出となりました♪

平成22年2月

院長撮影

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